ストックオプションとは?税制適格の要件と発行量の設計を実務から解説
「優秀な人材を採用したいが、現金報酬だけでは競争しにくい」——成長段階のスタートアップにとって、ストックオプションは将来の企業価値向上と報酬を連動させる選択肢の一つです。
ただし、税務要件、会社法上の発行手続、行使条件、退職時の取扱い、潜在株式による希薄化を整合させなければ、付与対象者に想定外の課税や行使負担が生じるおそれがあります。発行後の取得・消却・失効には、発行要項や付与契約、会社法上の手続等の確認が必要です。
この記事では、ストックオプションの仕組み、税制適格と非適格の違いと要件、2023年の通達改正によるセーフハーバールール、適切な発行量、そして実務でよくある失敗までを、投資実務と会計の両面から整理します。
なお、ストックオプションの設計や資本政策のご相談をご希望の方は、JSGのお問い合わせよりご連絡ください。
ストックオプションとは?あらかじめ決めた価格で自社株を買える権利
ストックオプションとは、会社の役員や従業員が、あらかじめ定められた価格(権利行使価額)で自社の株式を購入できる権利のことです。法律上は新株予約権にあたります。
仕組みは単純です。権利を付与された時点の株価が1,000円だったとして、その価格で購入できる権利を持っておく。数年後に企業価値が上がり、株価が10,000円になったところで権利を行使すれば、1,000円で株式を取得できます。差額の9,000円が、権利を持っていた人の利益になります。
スタートアップにとっての意味は明確です。現金を支出せずに、将来の企業価値向上を報酬として約束できる。資金力に乏しい成長段階の企業が、大企業と人材獲得で競争するための重要な手段になります。
潜在株式として資本政策に組み込む必要がある
ここで押さえておくべきは、ストックオプションが将来的に株式に変わる「潜在株式」であるということです。
発行済株式だけを見て持株比率を管理していると、ストックオプションが行使された時点で、想定より持分が薄まっていたという事態が起こります。資本政策では、発行済株式に潜在株式を加えた潜在込み比率で株主構成を把握しておく必要があります。
税制適格ストックオプションと非適格の違い
ストックオプションで最も重要な論点が、税制適格かどうかです。ここで課税のタイミングと税率が大きく変わります。
課税のタイミングと税率が変わる
税制非適格の場合、権利行使時の経済的利益は、付与者と権利者の関係や付与の原因に応じて給与所得、退職所得、事業所得又は雑所得等として課税されます。役員・従業員が職務の対価として付与された一般的なケースでは給与所得となり、累進税率が適用されます。株式売却時には、原則として売却価額と取得価額との差額が譲渡所得の対象です。
問題は、権利行使の時点ではまだ現金が入っていないことです。未上場株式を取得しただけの段階で、多額の所得税を負担しなければならない事態が生じ得ます。
税制適格の要件を満たす場合、権利行使時の経済的利益への課税は繰り延べられ、株式売却時に譲渡所得として課税されます。上場株式等に係る譲渡所得等の税率は、通常、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%です。個別の課税関係は居住者区分や取引状況等により確認が必要です。
課税が売却時まで繰り延べられ、税率も大幅に低くなる。この差は、受け取る側の手取り額を大きく変えます。
税制適格の主な要件
税制適格の適用を受けるには、租税特別措置法29条の2に定める要件をすべて満たす必要があります。主な要件は次のとおりです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 付与対象者 | 発行会社および子会社の取締役・執行役・使用人(大口株主とその特別関係者を除く)、一定の要件を満たす社外高度人材 |
| 権利行使期間 | 付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日まで(設立5年未満の非上場会社は最長15年) |
| 権利行使価額 | 契約締結時の1株あたりの価額(時価)以上 |
| 年間の権利行使限度額 | 原則1,200万円(設立5年未満は2,400万円、設立5年以上20年未満で非上場等は3,600万円) |
| 譲渡制限 | 新株予約権の譲渡が禁止されていること |
| 保管委託等 | 証券会社等への保管委託、または発行会社自身による株式管理 |
| 無償発行 | 金銭の払込みをさせないで発行されること |
見落とされやすいのが付与対象者の範囲です。監査役は税制適格の対象になりません。「役員だから大丈夫だろう」と考えて発行すると、後から要件を満たさないことが判明し、受け取った側に想定外の税負担が生じます。監査役にインセンティブを付与したい場合、その分は税制非適格として設計する必要があります。実際のIPO事例でも、取締役・従業員には税制適格、監査役には非適格と、使い分けている例が見られます。
2024年度改正での緩和
2024年度税制改正により、実務上重要な緩和が行われました。
年間権利行使限度額の引上げ:従来一律1,200万円だった上限が、設立5年未満で2,400万円、設立5年以上20年未満で非上場または上場後5年未満の会社は3,600万円まで引き上げられました。レイター期の人材確保に対応したものです。
保管委託要件の緩和:従来は証券会社等への保管委託が必須でしたが、発行会社自身による株式管理スキームが認められました。M&AをEXITとする場合の実務的な障害が解消され、IPOとの中立性が図られています。
社外高度人材の範囲の拡大:国の認定計画に基づいて社外の専門家等に付与する仕組みについて、国家資格保有者等に求めていた3年以上の実務経験の要件が撤廃され、大学の教授・准教授や、一定の非上場企業で役員等を1年以上経験した人材なども対象に加わりました。認定を受けられる企業の要件のうち、資本金5億円未満・従業員900人以下という要件も廃止されています。
セーフハーバールールとは?行使価額を低く設定できる仕組み
税制適格の要件のうち、実務で最も悩ましかったのが「権利行使価額が契約締結時の時価以上」という要件です。
資金調達を重ねて企業価値が上がった会社では、直近ラウンドの株価が高騰しています。その株価を基準に行使価額を設定すると、ストックオプションのインセンティブとしての価値がほとんど失われてしまいます。
通達改正の内容
この問題に対し、2023年7月、国税庁が法令解釈通達を改正しました。
2023年の通達改正では、税制適格ストックオプションの権利行使価額要件に用いる契約時の1株価額について、一定の条件の下で財産評価基本通達の例により算定する方法が示されました。直近の種類株式による資金調達価格を常にそのまま用いる必要はありません。ただし、会社・株主区分・権利内容に応じた調整と算定資料の保存が必要です。
したがって、資金調達価格と税務上の契約時株価が異なる場合はあり得ます。ただし、純資産額だけで機械的に税制適格となるわけではなく、通達の要件、株主区分、種類株式の権利差、算定時点等を個別に確認します。
実務へのインパクト
この改正により、資金調達価格とは別に、通達に沿った契約時株価を検討できる場面が明確になりました。ただし、赤字や債務超過であることだけを理由に1円とできるわけではありません。いわゆる1円ストックオプションには税制非適格の株式報酬設計も含まれるため、「1円=税制適格」と理解しないことが重要です。
適切に要件を満たせば、行使価額の設定可能性が広がる場合があります。一方で、付与契約、年間権利行使限度額、行使期間、株式管理、付与対象者等の全要件を満たさなければ税制適格にはなりません。
ストックオプションはどのくらい発行すべきか
適切な発行量は、業種・ビジネスモデル・ステージによって変わります。
発行量に一律の法定上限や上場基準上の固定値はありません。採用計画、役割別付与、既存株主の希薄化、次回調達時の投資家要請、上場時の潜在株式比率と需給を資本政策表で試算し、会社ごとに決めます。
資本集約的でない業種、たとえばソフトウェアなど人材が競争力の源泉になる会社では、従業員へ厚く付与するケースもあります。逆に、資本集約的な事業では、あまり多くを付与しない設計が合理的な場合もあります。
重要なのは、最初にプールを確保しておき、採用に応じて配分していく設計です。枠を決めずに個別対応を繰り返すと、後になって枠が足りない、あるいは出しすぎたという事態を招きます。

ストックオプションでよくある失敗
発行しすぎて資本政策の見直しを迫られる
最も深刻な失敗が、大量発行です。
これは、当初に大量の株式を外部に発行しすぎた結果、「安定株主の持株比率が低すぎる」という資本政策のミスに気づいた場合に起こりがちです。その対策として、創業者(社長)の持分を確保するために、発行済株式数の数十%といった大量のストックオプションを発行する、という手段が採られることがあります。ただし、付与決議日に発行済株式の3分の1を超えて保有する大口株主(未上場会社の場合)とその特別関係者は、税制適格の付与対象外です。創業者がこれに当たる場合、その分は税制非適格として設計することになります。
投資家にしてみれば、自分の持分が薄まることになるため、当然いい顔はされません。ただし、あまりに社長の持株比率が低いとインセンティブが弱まってしまうため、やむを得ず応じるケースもあります。
潜在株式が大きい場合、既存株主の希薄化、上場時の需給、権利行使資金、会計上の株式報酬費用、失効・取得条項等が主幹事証券会社や投資家との重要な協議事項になります。特定の比率だけで上場可否は決まりませんが、付与目的と配分根拠を説明できない過大な発行は、資本政策の見直しを求められる要因になり得ます。
計画性のない発行で行使できなくなる
もう一つの典型的な失敗が、発行のタイミングを逃すことです。
創業初期は、目の前の製品やサービスの開発に没頭しており、ストックオプションにまで気が回らないことが少なくありません。ベンチャーキャピタルからのアプローチが始まった段階で、「そういえば役員や従業員に何も渡していなかった」と気づくケースは非常に多く見られます。
問題は、この段階ではすでに企業価値が上がっていることです。仮に企業価値が数億円に評価された後にストックオプションを発行すると、行使価額もそれに応じて高くなります。前述のセーフハーバールールを使えば純資産額等を基準にできますが、それでも一定の資金は必要です。
企業価値が大きく上がった後では、行使に必要な資金が数百万円規模になることもあり、従業員が行使できないという事態が起こり得ます。上場前であれば金融機関も貸してくれるとは限りません。
さらに、直前のストックオプション発行に対しては、投資家側もいい顔をしません。役職員に行使価額1株1万円でストックオプションを付与した2週間後に、投資家が1株50万円で出資する。評価方法や株式の権利内容の違いを含めてこの価格差を合理的に説明できなければ、投資家は投資委員会で説明がつきません。
上場直前期の発行は規制の対象になる
上場前の一定期間に行われたストックオプション付与や株式等の移動には、取引所規則に基づく記録・開示が求められる場合があります。また、基準事業年度(直前事業年度=n-1期)の末日の1年前の日以後に行う一定の第三者割当等では継続所有が求められ、役職員に報酬として割り当てるストックオプションも確約の対象です。ストックオプションの確約期間は通常の第三者割当と異なり、原則として割当日から上場日の前日または権利行使日のいずれか早い日まで(行使により取得した株式は上場日の前日まで)です。社外協力者など、割当時点で会社と直接の雇用関係がない者への付与は取引所規則上のストックオプションに当たらず、通常の第三者割当等として扱われます。対象期間と手続は申請市場、割当日、取引類型等により個別に確認します。
これは、上場直前の短期的な利益獲得を防止する観点から設けられた規制です。上場の時期から逆算して、発行のタイミングを計画する必要があります。
ストックオプションの設計は誰に相談すべきか
ストックオプションの設計には、税務(税制適格の要件、株価算定)、会社法(新株予約権の発行手続)、資本政策(潜在込み比率の管理)、そして上場実務(開示規制、主幹事証券の目線)が交差します。
とくに専門家への相談を検討すべきなのは、次のようなケースです。
- 初めてストックオプションを発行する
- 資金調達を経て企業価値が上がった後に発行したい
- 行使価額の設定根拠を明確にしておきたい
- 監査役や社外協力者への付与を検討している
- 上場を見据えて、発行量とタイミングを設計したい
相談先を選ぶ際のポイントは、税務と資本政策の両方を見られるかです。税制適格の要件だけを満たしても、資本政策全体として持株比率が破綻していては意味がありません。逆に、資本政策上の配分だけを考えても、税務要件を外せば受け取る側の手取りが大きく減ります。
JSGでは、公認会計士として株価算定や監査に携わりながら、投資実務家として資本政策の設計も行ってきた立場から、ストックオプションの設計をご支援しています。ご相談は、お問い合わせよりお気軽にご連絡ください。
ストックオプションに関するよくある質問
いつ発行するのが最適ですか?
企業価値が低い早い段階ほど、行使価額を低く設定でき、受け取る側のメリットが大きくなります。ただし早すぎると、誰に配分すべきかが定まりません。実務的には、最初にプールを確保しておき、採用のタイミングで配分する設計が合理的です。
すでに発行したストックオプションを回収できますか?
発行要項・付与契約に定めた取得条項や失効条件が使える場合、権利者との合意による放棄・取得が可能な場合などがあります。一方的に自由に回収できるものではないため、退職、競業、M&A、上場延期等の取扱いを発行前に具体化し、弁護士・税務専門家と確認します。
監査役に付与してもよいですか?
発行自体は可能ですが、監査役は税制適格ストックオプションの対象者に含まれません。税制非適格としての所得区分は、付与関係や報酬性等を踏まえて個別に確認し、想定される課税時期と納税資金を共有したうえで設計します。
信託型ストックオプションはどう扱われますか?
2023年5月の国税庁の見解により、信託型ストックオプションについては権利行使時点で給与所得課税が生じるとの整理が示されました。既存の信託型を採用している企業では、行使時の源泉徴収への対応や、税制適格ストックオプションへの切り替えを含む検討が必要になるケースがあります。
行使価額はどこまで下げられますか?
一定の要件の下で、財産評価基本通達の例による契約時株価を検討できます。ただし、株主区分、会社規模、種類株式の権利内容、算定時点等により方法と調整が変わり、純資産が小さいことだけで1円にできるものではありません。算定根拠を保存し、個別に税務確認を行います。
まとめ
ストックオプションは、現金を支出せずに将来の企業価値向上を報酬として約束できる、スタートアップにとって重要な人材獲得の手段です。
設計上の要は、税制適格の要件を満たすことです。付与対象者(監査役は対象外)、権利行使期間、行使価額、年間限度額といった要件を一つでも外すと、受け取る側の税負担が大きく変わります。2023年のセーフハーバールール明確化と2024年度改正により、設計の自由度は大きく広がりました。
一方で、過大な発行は希薄化や上場時の需給に影響し、発行が遅れれば行使資金の問題が生じることがあります。発行後の取得・消却・失効には、発行要項、付与契約、権利者との合意、会社法上の手続等の確認が必要です。資本政策の全体像の中で計画的に設計します。
ストックオプションの設計でお悩みの方は、JSGのお問い合わせよりご相談ください。税務要件と資本政策の両面から、実行可能な設計をご支援します。
